« カラー ウルトラQ その3 | トップページ | カラー ウルトラQ その4 »

2011年9月12日 (月)

日本のエアガンの歴史

Ca3i0304 八月の終わりに発売になった、ホビージャパンののムック。別冊みたいに時折出ますが、今回は「ジャパニーズトイガンヒストリー エアガン編」とのことで、予告が出たころから、楽しみにしてました。 自分はエアガンの黎明や初期の頃は、エアガンは自分で新品として買った記憶は無い位、実は親しんでませんが、中古で譲り受けた物で遊ぶ位で、その後、BB弾が主流になって、いくつか買うようになりましたが、モデルガンほどは馴染んだ世界では有りませんでした。 理由は第一に、「リアル」でないsign01 のがハマれなかった理由と、今思えば感じますが、細長いマガジン位はいいとしても、形自体がキョーレツなのは興ざめでしたが、今ではエアガンもリアルに再現されて、外観がデフォルメされている物は一部を除き無いようで、当時の中では好きだったタカトクのオートマグの時代に、まさか今のようなモデルガンの状況や、エアガンの進化は、とても想像がつかなかったですね。 ということで、それほど馴染みのないエアガンではありますが、 少年漫画誌の広告で良く見たモデル、実際持ってたモデル、全く知らないモデルも多いですが、こういった歴史を見られる本はうれしいですね。 特にアーリーの時期なので、突拍子もないアイデアや、システムで消えて行ったモデルが見られるのが貴重です。 まさに試行錯誤な時代でしたね。

« カラー ウルトラQ その3 | トップページ | カラー ウルトラQ その4 »

コメント

FATBOYさま、こんばんは、そーすです、こんな夜中にお邪魔しております。^^;
おおっ!?こんなムックがホビージャパンの別冊として発売されているのですか?明日にでも(あっ、今日か・笑)書店へ行って探して来ます♪ ^^v
それで本当にエアガンの黎明期にはディテールがマズイのだとか、玉は飛ばないのだとかの製品が多くて、モデルガン好きの自分には現在のガスBLKガンの様に観賞に耐えられる製品はほとんどありませんでしたね。TT
特に形状が激しくデフォルメされている所と、作動方式が全くのオリジナルで製作されていたので何かハマれなかったですよね。
おおっ、FATBOYさまもタカトクのSSオートマグを持ってらしたのですね、あれはポンプを押し込んで、つづみ弾を入れたプラ製のカートリッジを装填して、トリガーを引くと、プラスチックの空ケースがぽーん!と排莢される仕組みのエアガンで、当時マルゼン等からも同じ様な構造のエアガンが発売されていましたが、あの「クリント1」よりもスマートか?とも思える程長いバレルが印象的で自分も結構好きなエアガンでしたね。^^
それで、エアガン黎明期にはGUN誌の様な専門誌の読者の広場の様な場所でさえも話題にも上る事がない様な製品でしたが、最近は6mmBB弾の登場や、工作精度の向上や、ガスブローバックシステムの登場や、ホップアップシステムの登場などで随分と状況が変って来ていますが、それでもまだまだメカニズムのリアルさの点ではモデルガンには追いついていませんよね。^^;
しかし、アメリカなどでも、最近の日本製や台湾製のエアガンは「AIR SOFT GUN」という独自のカテゴリで認知されている程有名になっている様ですし、渡米した日本人のトイガン好きの人達の布教運動(笑)の成果なのか?軍がトレーニング用として使用する程、高性能になって来ている様ですが、エアガン黎明期には想像も出来なかった程進化して来ていますね。^^;
それで、少年誌の最後のページの広告写真に掲載されていたエアガン等は、マジでよくこんなアイデアが浮かぶもんだな~って思う位、色々な発射システムが搭載されたエアガンがありましたよね。^^;
しかしFATBOYさまが仰る様に混沌としていた時代でしたので、不完全なメカニズムのエアガンは自然淘汰されて、知らないうちに消えていった製品も多いですよね。^^
それでこの「JAPANESE TOYGUN HISTORY」というムックにはそういう消えて行った様な珍しい製品等も掲載されているのでしょうか・・・これは是非、手に入れたい一冊ですね。^^v
それで、自分は最近、近所の玩具店で1960年前後に製造されていた「MADE IN JAPAN」のストライカー式の発射方式の超レア物の銀玉鉄砲で、非常にちゃちい製品ですが、一応、星型の保安官バッチと、レザーのガンベルトと、ヒラヒラとフリルの付いたホルスターと、銀玉が一箱入っているデッドストック品を700円で購入してきました。^^v
それで1960年前後の製品ですから今からざっと50年前の製品なんですよね。@@
そのうえ、当時の少年誌の広告をUPしているブログがあるのですが、その写真を見るとそこにちゃんと載っている製品なんですよね。^^;
それでその近所の玩具店というのはその昔、自分が初めてハドソンの十四年式や、マルシンのワルサーPPKを購入したお店でして、店へ行った時にはドアに鍵がかかっていたのですが、店内に姿が見えたので表で手を振っていると、おばあちゃんになってしまった店主が気付いてくれて乳母車を押して出て来てくれたので、店内に入れてもらいまして、店内を色々と見ているうちに上記の銀玉鉄砲と他にも珍しいストライカー式の銀玉鉄砲を2丁の、都合3丁の珍しい製品を入手しました。^^v
後、マルイの作るモデルガンシリーズのガバメントも部品が足りないという事で「返品扱い」の紙が貼られて置いてありました。

そーすさま、こんにちは。FATBOYです。^^
いつもお立ち寄り頂きありがとうございます。まだまだこちらは暑いですね。^^:
そうですね~、今はフェンダーミラーの車は、官公車やタクシーとか一部しか見かけませんね。
塩害のせいで車を手放すとは言え、白いセリカ2000GTを貰えたのは、うらやましいお話でしたね~。@@ツインカムで2000ccなら噴けも良さそうで早そうですね。^^
そうですね、学校などで使用し始めた頃のビデオデッキですと、カセットテープの出し入れが、まだイジェクトボタンを押して、「ガチャン」と上にはじき出されるような、テープ挿入口だったですね。^^:
その頃はもちろん高価でしたので、ビデオデッキもナビと同じく10万円代位で買えるように普及してきてから、手に入れましたね。
前のワゴンRで使っていたナビは、もう壊れて調子の悪い状態だったので、廃車とともに手放しましたね。^^
最近借りたレンタカーでも、ナビが普通に付いてて、しかも簡単で使い易いので、良い時代になりました。^^
で、今回の本はトイガンが好きな人、好きだった人でもとても楽しめると思います。
そうですね、そーすさまの言われるような黎明期のエアガンは実験みたいな時代とも思えるような、エアガンが大方でしたが、そんな中で今は完成されていったので、その時代は、今では懐かしいのと、未知のエアガンなんかが見られて面白い本ですね。
タカトクのオートマグも、オートマグとしても、デカかったですし、撃ったらポンプが開放したままでしたが、なにかの縁で人づてで所有することになってカートが排莢するのが、これが面白くて名作でしたね。^^
アメリカでも、「AIR SOFT GUN」で通用するとは凄いですね。すでにエアガンのシステムは完成されてるように思えますね。^^
それで、そーすさまが最近手に入れられたというデッドストックの銀玉鉄砲セットは、恐ろしく凄い出物だと思います。@@
しかも当時の広告と同じ物で、値段も希少価格ということもなく、以前通ったことのあるお店で懐かしくもあり、他にも数点買えたのは、良いお話ですね。^^
お~、マルイの造るモデルガンも部品不良とは言え、それ自体も貴重な感じもすます。@@
まさに宝探しが出来た一日でしたね。^^y

FATBOYさま、こんばんは、そーすです、お邪魔しております。^^
自分んちの方も昨日は暑くて参りました(;´д`)ゞ アチィー!!
それで、本当ですね~もうフェンダーミラーのクルマはそういうタクシーとかが付けているのしか見られなくなりましたね。^^;
それで、そのセリカ2000GTはその後どうなったか?と言いますと、実はそのセリカ2000GTの内装はドアの内張りに大きなスピーカーを取り付けたりしていたらしくて、それを取り外した大穴がぼこっ!っと開いてたりしてまして、当初、自分が乗っていたスプリンタートレノと乗り換えようかな?と思って居たのですが、あまりの内装の酷さや、バンパーのへこみなどが気になったので、丁度その頃、自分の兄がダルマセリカ1600GTを事故って、家の前の田んぼへ放り込んであって、セリカ2000GTとは部品が共通なものが多かったので、へこんだバンパーや、ドアの内張りを1600GTの廃車から移植して、出来るだけ綺麗に仕上げたのですが、やはりスプリンタートレノの方が綺麗だったので、知人に「自分はやっぱり乗り換える気がないから返すよ。」って、結構、綺麗になったセリカ2000GTを返した所、内装の破れや、バンパーのへこみなんかが綺麗になっていたのが気に入ったらしく、何と?その後も動かなくなるまで車検をとって乗り続けたそうで、知人は喜んでました。^^;
それからビデオデッキやカーナビでもやはり最初、出始めの頃は価格が高くて買えませんが、ある程度時期が経ちますと価格がこなれた製品も出回ってきて購入しやすくなるんですね。^^;
それでなるほど・・・「でるナビ」は新しいクルマにつけることなく手放されたのですね。^^
それにしてもFATBOYさまが仰る様に最近は自動車の装備が昔と比べると随分よくなって便利な良い時代になりましたね~。^^y
それで、「JAPANESE TOYGUN HISTORY」は先のコメントを書いた後、速攻で書店へ行った処、丁度置いてありましたので、最近は何度も食い入る様にして読んでいます。^^y
それでFATBOYさまが仰る様に、自分が所有していたエアガンもありますが、全く知らなかったエアガンも載ってたりして、本当に資料的価値の高い本で、買ってよかったな~!と思っていますが、これもFATBOYさまが記事としてレポートしてくれたから、こういう本がある事を知った訳で、FATBOYさまのおかげでこういうムックが購入出来て良かったです、本当にありがとうございました。^^y
それで日本や台湾製のエアガンは確かにもう「AIR SOFT GUN」というブランドで定着している様でして、結構人気があるようですね、それで「モデルガン」は向こうじゃどういう感じで呼ばれているのか分りませんが、元々はあちらから輸入されてきた「CAP GUN」というおもちゃが日本で発展して、逆に無効へ輸出まで行われる様になった様ですが、向こうじゃ「モデルガン」のことはやはり現在も「CAP GUN」って読んでるのでしょうかね・・・謎
それで、ついさっき、例のデッドストックで購入した1960年前後に発売された銀玉鉄砲のレポートをUPしましたのでよかったら見てくださいませ。^^
マルイの造るモデルガン・・・なんかカートリッジは金色のが見えてましたし、買っておけばよかったかな?とか思ってます・・・まだ店内には置いてある筈ですが、いかんせん、おばちゃんがボケが来ちゃってて、店を開けてくれるかどうかが分らないのですよね・・・昔は凄くよくしてくれたおばちゃんだったのに年が行くと悲しいですよね。TT

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/133039/52711759

この記事へのトラックバック一覧です: 日本のエアガンの歴史:

« カラー ウルトラQ その3 | トップページ | カラー ウルトラQ その4 »

最近のトラックバック

2018年4月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ